cups · Minor Arcana
聖杯の9
この組 · 聖杯
情、説明できるようになる前に感じているもの
どこに位置するか
あと少し。もう身に出ている。
この組の質
遅くて広い。聖杯は是非を答えません。どこまで深いかを言います。
この札を占いに持っていく
もう気持ちは動いている。言葉にするのはあと少し。相手の出方を待つのではなく、自分の側でそれを認めること。認めれば、次に何を渡すかが決まる。
恋愛で「聖杯の9」が出ました。いま本当に詰まっているのは何か。
これで引く →仕事やった手応えはもう内側にある。評価はまだ届いていない。届く前に、自分で何が効いたのかを記録しておく。記録は次の判断の材料になる。
仕事で「聖杯の9」。次はどこから動かせばいいか。
これで引く →お金使った後の満足が、まだ残っている。足りないという感覚が先に来るなら、それは数字ではなく気分の問題。同じ金額でも、納得して出したかどうかで意味が変わる。
お金の話で「聖杯の9」。足りないのか、使うのが怖いのか。
これで引く →調子満ちる手前で、すでに満ちている。それが今の状態。何かを足すより、もうあるものを数えたほうが正確。数えると、次に何を欲しいかが静かに決まる。
「聖杯の9」が指すこの状態、休むのが先か、動くのが先か。
これで引く →よくある質問
聖杯の9の聖杯という組は何を扱いますか。
情、説明できるようになる前に感じているもの 遅くて広い。聖杯は是非を答えません。どこまで深いかを言います。
聖杯の9は良い札ですか。
ここに良い札も悪い札もありません。あるのは、その札のどちら側に立っているか。正位置:あと少し。もう身に出ている。 逆位置:遅くて広い。聖杯は是非を答えません。どこまで深いかを言います。
この記述の出どころ
78 枚の絵は 1909 年の Rider–Waite 版で、描いたのは Pamela Colman Smith(1878–1951)。没後七十年を超え、米国・EU・日本のいずれでもパブリックドメインに入っている。ライセンス表記は Wikimedia Commons で一枚ずつ確認した。元のスキャンから外枠と下の題名帯を落とし、枠に合うよう色調を一段整えてある。枠・帯・裏面はここで作ったもの。読み手の立ち絵はパブリックドメインの絵画を使っている——ミュシャ(1860–1939)の装飾画数点と、マテイコ『コペルニクス』(1873)、ライト『錬金術師』(1771)、ウォーターハウス『水晶球』(1902)。こちらも Wikimedia Commons で一枚ずつライセンス表記を確認し、裁ち落としたうえで色調を揃えてある。
このページの文章は編集による解釈です。ウェイトの原文の引用ではありません。ウェイト自身の占断的意味は『The Pictorial Key to the Tarot』(1910・パブリックドメイン)にあります。